| 回 | 西暦 | 主な動き |
| 1988年 | 11月 アジア太平洋こども会議・イン福岡実行委員会発足 |
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| 第1回 | 1989年 | 福岡市政100周年を記念して行われた、アジア太平洋博覧会 〜よかトピア〜の参加イベントして、初のアジア太平洋こども会議・イン福岡が開催された |
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| 第2回 | 1990年 | 11歳のこどもたちを1カ国につき、男女半数ずつ10名を招聘することに決定
第1回と第2回の参加者のモニュメントを海の中道海浜公園の平和の鐘広場に設置 |
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| 第3回 | 1991年 | こどもたちの夢をテーマとした「夢の鍵」というセレモニーが行なわれた。
「こども会議写真展」が博多駅と天神で開かれ、記録写真やこどもたちの絵を展示 |
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| 第4回 | 1992年 | 3月 アジア太平洋こども会議・イン福岡支援の会発足
紀宮殿下に文化交流のイベントのご臨席を賜る |
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| 第5回 | 1993年 | オープンして間もない福岡ドームで1万人が参加しての記念文化交流イベント開催
福岡の小学生1500人が歌う「歓迎の歌」で開幕、こども大使たちが歌や踊りを披露 |
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| 第6回 | 1994年 | 初めてのミッションプロジェクト「地球の風」実施、
福岡のこども達200名が、春休みにアジア太平洋の10カ国にホームステイ |
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| 第7回 | 1995年 | こども大使たちが生活文化について意見交換する「こども国際会議」を初めて実施。
未来のエネルギーについて考える「エネルギーフォーラム」を開催。こども会議に関わった3000名が参加して「フェアウェルパーティ」開催 |
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| 第8回 | 1996年 | 前年、阪神淡路大震災で被災した、淡路島のこどもたちを招聘。
12月 過去の参加者にグリーティングカード送付。こども大使たちから感謝の返信、ホームページ開設 「日比野克彦ワークショップ」実施 |
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| 第9回 | 1997年 | "We are the BRIDGE"をテーマにテーマソング、ロゴマーク、グッズを統一して展開、登録ボランティア制度が始まり500名を超える登録者が活躍、
インターネットでこども会議の模様を世界に発信、ニュースレター第1号を発行し、過去の参加者へ郵送 |
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| 第10回 | 1998年 | 10周年記念事業としてピース大使(過去のこども大使)69名を再招聘、
アジア太平洋の各地で、ピース大使を中心としたネットワーク組織「ブリッジクラブ」を創設。
「アジア太平洋こどもサミット」を開催、
10周年記念誌を作成 松岡修造さんのテニスクリニックを開催 |
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| 第11回 | 1999年 | どんたくパレードに参加し、奨励賞を受賞。
香椎パークポートの「みなと100年公園」で、アジア太平洋こども会議フェスティバルを開催 |
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| 第12回 | 2000年 | こども大使が市内の小学校に登校する「学校登校プログラム」開始。 |
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| 第13回 | 2001年 | ミッションプログラムの引率者に一般市民ボランティアを公募。
福岡市の姉妹都市3市(広州、イポー、オークランド)を特別招聘 |
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| 第14回 | 2002年 | 2月 特定非営利活動法人(NPO法人)格を取得。
アビスパ福岡のサッカー試合前、こども大使たちは「アビスパキッズ」として選手と一緒にフィールドへ入場 |
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| 第15回 | 2003年 | 招聘事業はSARSの影響により中止。
15周年事業として、「みらいの森」、「Heart from FUKUOKA」「ブリッジクラブ国際ボランティアプロジェクト」などを実施 |
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| 第16回 | 2004年 | JCI世界会議福岡大会記念事業「世界こども会議」に、ヨーロッパ、アフリカ、中南米など14カ国・地域のこどもたちも参加。
宗像市のグローバルアリーナに、日本のこどもたち240名が集い友情を育んだ |
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| 第17回 | 2005年 | 100人の日本のこどもが交流キャンプに参加。
スマトラ沖地震・津波被災者を支援する「Smile to Smile」プロジェクトを立ち上げ |
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| 第18回 | 2006年 | アジア太平洋の駐在大使らが初めて交流キャンプを視察 |
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| 第19回 | 2007年 | 武田鉄矢さんなどの協力で、福岡での認知を高める広報キャンペーンを大々的に展開 |
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| 第20回 | 2008年 | 派遣事業で、福岡のこどもたち150名を10カ国に拡大して派遣 |
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